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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)787号 判決 1988年6月21日

上告人 株式会社○○○○ 外2名

被上告人 石井和義 外4名

主文

一  上告人らが訴外神田清一に対する神戸地方裁判所尼崎支部昭和57年(ヨ)第289号不動産仮差押決定の正本に基づいて第一審判決添付物件目録記載の不動産の右訴外人の持分2分の1につきした仮差押の執行は、これを許さない。

二  上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人○○○○、同○○○○の上告理由第一点について

1  原審の適法に確定したところによれば、本件の事実関係は、(一)第一審判決添付物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)はもと神田英太郎の所有であつたが、英太郎は昭和57年10月26日に死亡し、その相続人はその子清一と代襲相続人である孫の被上告人ら5名であつたところ、清一は英太郎の相続につき承認又は放棄をしないでその熟慮期間内である昭和57年11月16日死亡し、その法定相続人である妻とも子、長女成美及び長男稔の3名(以下「とも子ら3名」という。)は英太郎の相続につき昭和58年1月25日神戸家庭裁判所尼崎支部に相続放棄の申述をして受理された、なお、とも子ら3名はその後清一の相続についても同裁判所に相続放棄の申述をして受理されている、(二)しかるところ、上告人らは、清一に対し商品代金等の債権を有していたものであるところ、清一が英太郎から本件不動産を法定相続分の2分の1につき相続したものと主張して(なお、記録によれば、上告人らは、清一が英太郎から相続により2分の1につき相続をしたとの所有権移転登記を代位により経由している。)、神戸地方裁判所尼崎支部に対し清一を債務者として本件不動産の同人の持分2分の1につき不動産仮差押を申請し(同庁昭和57年(ヨ)第289号事件として係属)、同裁判所は、昭和57年11月8日、右申請を認容する旨の決定をし、右決定の正本に基づき本件不動産の清一の持分2分の1につき仮差押登記を嘱託した、というのである。

2  論旨は、甲が死亡して、その相続人である乙が甲の相続につき承認又は放棄をしないで死亡し、丙が乙の法定相続人となつたいわゆる再転相続の場合には、再転相続人たる丙は、乙の相続につき承認をするときに限り、甲の相続につき放棄をすることができるものと解すべきであつて、とも子ら3名は英太郎の相続を放棄し、かつ、清一の相続を放棄したのであるから、とも子ら3名が英太郎の相続についてした放棄は無効に帰し、清一は本件不動産を法定相続分の2分の1につき相続したことになり、上告人らが本件不動産の清一の持分2分の1につきした仮差押の執行は適法である、というのである。

3  しかしながら、民法916条の規定は、甲の相続につきその法定相続人である乙が承認又は放棄をしないで死亡した場合には、乙の法定相続人である丙のために、甲の相続についての熟慮期間を乙の相続についての熟慮期間と同一にまで延長し、甲の相続につき必要な熟慮期間を付与する趣旨にとどまるのではなく、右のような丙の再転相続人たる地位そのものに基づき、甲の相続と乙の相続のそれぞれにつき承認又は放棄の選択に関して、各別に熟慮し、かつ、承認又は放棄をする機会を保障する趣旨をも有するものと解すべきである。そうであつてみれば、丙が乙の相続を放棄して、もはや乙の権利義務をなんら承継しなくなった場合には、丙は、右の放棄によつて乙が有していた甲の相続についての承認又は放棄の選択権を失うことになるのであるから、もはや甲の相続につき承認又は放棄をすることはできないといわざるをえないが、丙が乙の相続につき放棄をしていないときは、甲の相続につき放棄をすることができ、かつ、甲の相続につき放棄をしても、それによつては乙の相続につき承認又は放棄をするのになんら障害にならず、また、その後に丙が乙の相続につき放棄をしても、丙が先に再転相続人たる地位に基づいて甲の相続につきした放棄の効力がさかのぼつて無効になることはないものと解するのが相当である。そうすると、本件において、とも子ら3名が英太郎の相続についてした放棄は、とも子ら3名がその後清一の相続について放棄をしても、その効力になんら消長をきたさないものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

原審の確定した前記事実関係及び右説示に照らすならば、被上告人らが当審において択一的に追加した請求である本件不動産の清一の持分2分の1に対する不動産仮差押の執行の排除を求める請求は理由があり、認容されるべきである(右追加に係る請求の内容、本件訴訟の経緯等に照らすならば、右の択一的な請求の追加は許されるものというべきである。)。なお、これによつて、本件不動産の清一の持分2分の1につき仮差押登記の抹消登記手続を命じた第一、二審の判決は、失効した。

よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法95条、89条、93条を適用して、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡満彦 坂上壽夫)

上告代理人○○○○、同○○○○の上告理由

第一点法令解釈の誤り、理由不備及び審理不尽

一 原判決は、清一の賃借していたマンションの敷金返還請求権100万円の記載を亡清一の相続人神田とも子、成美、稔が、亡清一に関する相続放棄申述書に記載していなかったことについて、右債権は清一の固有財産であり、亡英太郎の相続財産でないから亡英太郎を被相続人とする再転相続を単純承認したものとみなすことはできないとしている。

しかしながら、右とも子ほか2名は、亡英太郎の再転相続を放棄するとともに亡清一の相続についても放棄したものであって、従って、これによると、右とも子らは、結局、亡英太郎及び亡清一の相続財産全てについて承継を拒絶したものということができるとするならば右とも子らは最終的に相続財産の全てについて承継。、を拒絶している以上、別段、亡英太郎財産について相続に対する選択をなしうる地位を認める必要性は何らなく(甲の相続の選択権を相続人乙が行使せずに死亡した場合、乙の相続人丙は乙の相続を承認する場合だけ、乙の選択権を行使しうるので、丙が乙の相続を放棄した場合には、乙の甲の相続に対する選択権をもたない―有斐閣発行注釈民法(25)相続(2)333戻参照一)、とすると、右とも子らは、亡清一財産の相続の放棄により、結局、亡清一の有していた亡英太郎の相続に対する選択権も合わせて放棄したものと解せられることとなる(たとえ、右とも子らの亡清一の亡英太郎の相続に対する選択権の行使―本件では放棄―が右とも子らの亡清一財産についての相続放棄に先行したとしても、亡清一相続財産放棄により結局、亡英太郎、亡清一の全ての相続財産についての承継を拒絶することとなるわけであるから、あえて右とも子らに亡清一の亡英太郎の相続に対する選択権の行使を認める必要性は全くないと解せられる)。そうであるならば、右とも子らに亡清一相続財産について法定単純承認の事実がある場合、右とも子らは右清一の相続財産を民法921条により承継することとなり、亡清一の亡英太郎の相続に対する選択権も当然承継したこととなるものである。そして右とも子らが右単純承認の時以後、法定の期間内に右選択権の行使をしない限り亡英太郎の相続財産について単純承認したものとみなされることとなると解せられる。

二 もし、仮に右とも子らの亡清一財産の相続の放棄が有効であるとするならば、右に述べたとおり、右とも子らは亡清一の相続の放棄により亡清一の有していた亡英太郎の相続に対する選択権も合わせて放棄したものと解せられるから、そうなると亡清一の相続について相続権を有する者は亡清一の母である訴外野田あきということになり、野田あきが亡清一の亡英太郎の相続に対する選択権を行使しうることとなる。

三 原判決は、民法921条の解釈を誤り、単に亡英太郎と亡清一の財産の区別によってのみ前記の結論を導いており、右とも子らの法定単純承認の事実の有無の検討、仮に右とも子らの亡清一財産の相続の放棄が有効であるとした場合における野田あきの亡清一の亡英太郎の相続に対する選択権の行使の有無についての検討を全く行なっていない。

よって、原判決は法令の解釈を誤っており、またこの重要な論点について十分掘下げて明確にしなかった点において、理由不備ないしは判決に影響を及ぼすべき審理不尽の違法があるというほかない。

第二点法令違背(事実認定上の経験則違反)<省略>

参照1 二審(大阪高 昭和58年(ネ)2139号 昭59.4.26判決)

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一申立

一 控訴人ら

1 原判決を取消す。

2 被控訴人らの請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二 被控訴人ら

主文同旨

第二主張

次のように訂正、付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一 原判決2枚目裏7、8行目、10行目の「別紙」を「原判決添付」に、8行目の「本件不動産」を「「本件不動産」」に訂正し、3枚目表11行目の「ものとして」の次に「その不動産につき前記仮差押命令の仮差押登記請求権に基き」を、12行目の「登記」の次に「がなされているが、右登記は」を付加する。

二 控訴人らの主張

1 神田清一(以下「清一」という)は、その生前、神田英太郎(以下「英太郎」という)の生存中から同人の相続開始の場合は、自己の相続財産をもつて控訴人らに対する債務合計約750万円を支払う旨控訴人らに約し、英太郎の死後においては、自己の死亡前まで一貫してその旨を控訴人らに述べ続けたから、これにより清一は、亡英太郎の相続につき単純承認をしたものである。

2 亡清一の妻、相続人である神田とも子(以下「とも子」という)は、清一が将来英太郎の財産を相続する旨の清一名義の念書(乙第1号証)を自ら記載し、清一の意思を承知していて、その死亡後、同女自身が亡英太郎の相続財産をもつて前記債務の弁済をする旨控訴人らに告げたから、とも子は再転相続につき単純承認をしたことになる。

3 亡清一の相続人とも子、神田成美、同稔は、清一の死後現在まで居住している清一の賃借にかかるマンシヨンの敷金返還債権100万円の存在を隠匿し、悪、意でこれを亡清一に関する相続放棄申述書に記載しなかつたから、亡英太郎を被相続人とする相続につき単純承認をしたものとみなされるものである。

三 被控訴人らの主張

1 控訴人ら主張の念書(乙第1号証)は、英太郎の生前、まだ清一が相続人でもなければ相続財産の存否も不明の段階において、控訴人株式会社○○○○代表者古川富男が債務の弁済をしないと商品の取込詐欺で告訴すると執拗に迫り、自らその文言を口述してとも子に筆記させたものであつて、清一の意思に基づき作成されたものではないのみならず、その内容も「父英太郎より相続を受けた際、弁債(済)する事をお約束致します」と債務弁済の時期を表示しただけで、なんら財産処分を約したものではなく、又清一やとも子が英太郎の死後において、同人の相続財産で弁済する旨述べた事実はないから、清一やとも子が亡英太郎の相続につき単純承認したものということはできない。

2 控訴人らの前記二の3の主張は、亡清一の相続に関するもので、再転相続である亡英太郎の相続には関係がない。又民法921条3号の財産目録は、財産目録の調整を要する限定承認において作成された財産目録を指し、相続放棄申述書に記載洩れのあつた場合は、これに該らない。なお、本件の記載洩れは、素人の無知によるもので、悪意あつてのことではない。

第三証拠関係<省略>

理由

当裁判所の認定判断は、次のように訂正、付加するほか原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一 原判決4枚目表5行目の「所有である事実」を「所有であつた事実」に、6行目の「争いはない。」を「争いがない。」に、8行目の「本件不動産」から9行目の「死亡した事実」までを「前記当事者間に争いのない事実」に訂正する。

二 控訴人らは、清一が亡英太郎の相続につき単純承認をしたと主張し、当審証人神田とも子の証言及び当審における控訴人○○○○代表者古川富男の供述により真正な成立が認められる乙第1号証(公証人の確定日付部分の成立は争いがない)並びに右証言、供述(一部)を総合すると、英太郎の生存中である昭和57年10月24日、清一が、右古川富男、控訴人小川秀夫及び同△△△△株式会社の社員川上常三から、売質取引にかかる商品の代金を支払わなければ詐欺罪で告訴すると迫られ、止むなく妻とも子に代筆を命じて古川の口述をそのまま筆記させて控訴人ら主張の念書(乙第1号証)を作成した事実並びに同書面に「父神田英太郎より相続を受けた際、弁債する事をお約束致します」との文言及び清一の署名捺印の存する事実を認めることができ、右供述中これに反する部分は措信しない。そうすると、右念書(乙第1号証)による清一の意思表示は、英太郎の生存中の、相続開始前における意思表示であり、その内容も将来清一が英太郎を相続した場合における弁済約定にすぎないから、民法920条の単純承認ないし同法921条1号の相続財産の処分に該らない。又前記古川の供述中には、清一が英太郎の死後同人の相続財産をもつて控訴人らの債権を弁済する旨述べた趣旨の部分があるけれども、前記当審証人神田とも子の証言と比較して措信し難く、そのほかには清一が控訴人らとの間で右相続財産につき代物弁済ないしその予約をした事実を認めるような証拠はない。したがつて、控訴人らの前記主張は、採用できない。

なお、清一の死亡後、とも子が亡英太郎の相続財産をもつて控訴人らの債権の弁済をする旨控訴人らに告げたことを認める証拠は全くない。

三 更に控訴人らは、亡清一の相続人とも子、神田成美、同稔が、亡清一に関する相続放棄申述書に、清一の賃借していたマンシヨンの敷金返還請求権100万円の記載をしなかつたから、亡英太郎を被相続人とする再転相続を単純承認したものとみなすべきであると主張する。しかし、右債権が清一の固有の財産であり、亡英太郎の相続財産でないことは、控訴人らの主張に照らして明らかであるから、控訴人らの右主張は、主張自体理由がない。

よつて、被控訴人らの請求を認容した原判決は正当であつて、本件各控訴は理由がないからいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第95条、第89条、第93条を適用して主文のとおり判決する、。

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